越の国へ3

朝の3時に起きて、6時前にはキャンプ場を撤収して、立山駅へ。

この日は、「立山黒部アルペンルート」へ行ってみることに。

このルートは、富山県の立山から長野県の大町まで、直線距離だと25㎞なのだけど、高低差が2000mあるために、色んな乗り物に乗り換えなければならない。

とりあえず黒部ダムまで行ってみることにしたのだけど、往復で1万円以上してしまうのだ。

今日は晴れそうだから、というか、天気が良くないのにそんなお金を使うのもアレなんで、天気予報が良さそうだからこの日にした。

まずは、立山駅からケーブルカー。

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美女平からバス。

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室堂からトロリーバス。(電車のように、上部の架線からの電気で走るバス)

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大観峰からロープウェイ。

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このロープウェイ、恐らく雪崩とかの対策のため、途中に支柱がない。
このため、最初に駅を出た瞬間、客車が少し落っこちる感じがして、ちょっと怖かった…

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で、再度、黒部平からケーブルカーに乗って黒部湖の駅に到着。
(ここから信濃大町までは、トロリーバスとバスに乗る必要がある。)

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それぞれの乗り換えに、10~20分くらい待ち時間があるんで、結構ロスがある。

平日でこれだから、休日や繁忙日は大変なんだろうなあ。

2時間ちょっとで黒部湖に到着。

展望台へ行くために、ダムの上の部分を歩いて行ったけど、恐ろしくてとても下を覗くどころか、通路の端にも寄ることすら出来なかった。

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展望台から見たダムは、やはり圧巻。

昭和30年代に、こんな山奥の奥にこんなのを造ったとは!

(工事には、延べ1,000万人の方が携わり、171名の方が事故で亡くなられたんだそう)

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そう言えば、親が新婚旅行で黒部ダムに行ったって話を聞いた気がする。

三船敏郎と石原裕次郎の「黒部の太陽」とか、今度見てみるかな…

越の国へ2

夜中の3時に雨が降ってきて起こされた。

ふと耳を澄ますと、雨音に混じって同報無線が微かに聞こえて来て、何か言っている。

耳を凝らすと、どうも上流にあるダムが放水するため避難するように言ってるように聞こえる。

そのうちにサイレンの音まで聞こえて来た。

一気に目が覚めた!

パニクってとりあえずテント内のものを取りまとめ、いつでも逃げれるよう態勢を整えてから、ネットであれこれ調べてみて、そのまま残ることにした。この辺りは自分の責任で判断するしかないのだけど…

で、一度完全に目が覚めてしまったし、不安な思いもあったんでもう寝れない。

明るくなって来て雨も止んだんで、周囲を見に出てみたら、割とすぐ側にそこそこの広さの川が流れていた。

判断的にどうだったんだろう、正解はやはり撤収するだったんだろうか…と思いつつ、6時くらいで猛烈に眠くなって来たんで再度寝た。

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再度目が覚めたのが9時半。

温泉で有名な宇奈月まで行って、黒部渓谷鉄道に乗った。

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駅員さんに見送られて出発。

どの駅でも、駅員さんや作業員さん達が手を振ってくれていた。ご苦労様です。

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道中の車内に流れるアナウンスや案内は、富山県出身の室井滋さんの声。

トロッコ列車は、開放感があって、こちらのテンションもとても上がる。

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電車は渓谷沿いの狭い線路を進んでいく。

軌道の幅?は、新幹線の約半分程度なんだそうだ・

迂闊に車外に手とか出そうものなら、簡単に持って行かれそう。

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このトロッコ電車は、発電所の建設やその後の維持管理のために作られたものを観光用に開放しているけど、冬期(12月〜4月)は積雪のために運転出来ないんだそうで、下の写真の左側のコンクリート内は、その期間に発電所を維持管理する方が歩いて発電所へ行くための通路で、9時間かけて歩いて行くのだそう。ご苦労様です。(空いている穴は空気穴と言っていた。)

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鐘釣(かねつり)駅で降りて、僅かに残る万年雪(写真左下)を見た後、更に歩いて河原まで降りて行く。

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河原は、スコップで掘ると温泉が湧いてくるとのことで、近く(といっても、5分くらい上がるけど)の温泉旅館さんが無料で開放してくれていた。
和歌山の川湯みたいな感じ(^^)

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河原のところは足湯くらいの浅さだったけど、その近くに「岩湯」と書かれたところがあり、ちょうどいい感じの深さだった。

傍に脱衣所もあったんで、入ってみた。

風呂の温度は43℃。個人的にはベストである。

一応、水着を持ってったんで、活躍する機会があってよかった!
(入ってる時にはほかのお客さんが来なかったけど…)

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黒部渓谷を見た後は、黒部市にある生地(いくじ)の「魚の駅」へ。

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せっかくこっちに来たのだからと、ちょっと奮発して、ノドグロ(喉黒:赤ムツ)と岩ガキを購入。

ノドグロは、刺身で食べたいと言ったら、お店の人がその場で三枚におろしてくれた。ありがとうm(__)m

その場でも食べるスペースがあったんだけど、ご飯も欲しかったし、やっぱ飲めないとねw

この日の宿は、ここから2~3キロ行ったところにある、「グリーンパークおおしまキャンプ場」へ。

海岸の松林の中にある、広々としたキャンプ場。

500円なり。

徒歩圏内に銭湯があるものの、この日は定休日。

受付を済ませ、荷物は駐車場から貸してくれた台車で搬入。この日も平日だからか、ほかの人の姿を見なかった。

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設営を済ませ、すぐ裏の海岸でボーっと日が沈むのを見てた。

ややお疲れモード。

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落ち着いたところで、魚の駅で買ってきた岩ガキやら

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ノドグロを。

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喉黒は特に美味しかった。

奮発のし甲斐があった。

一合炊いたご飯も、サクッと食べてしまった。

翌朝は早起きしたかったので、早めに就寝。

越の国へ1

仕事をなんとか片付け(手痛い失敗もあったけど)、遅い夏休みに突入。

さて出発と行きたかったけど、あっさり寝坊して、予定をはるかに遅れること9時に家を出た。

6月に出来た圏央道を使ってみた。

途中で給油したりゆっくり目に走ったけど、1時間半で関越の鶴ヶ島JCTに到達。

やっぱイイね!

藤岡から上信越道に入り、昼近くなったんで、横川SAで峠の釜飯を。

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そのまま上信越道を進み、長野市の近くまで来ると、標識に「松代」の文字が。

急に脳裏に閃いた。

大本営跡に行きたい!

近くのPAに飛び込み調べると、長野ICのすぐ近くだったんで、とりあえず行ってみることに。

気軽な旅だ(^o^)

象山(ぞうざん 佐久間象山はこの近くにある象山恵明禅寺に因んで号をつけたそう)の地下壕は、無料で公開していたので、ヘルメットをお借りして私も中へ。

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入り口にあった案内板の一部がシールで覆われていて、しばらく前にニュースになっていたことを思い出した。

防空壕の中でたまたまお話をした、同年代か少し下の女性の方のお爺さんが、工事の際にここで働いていらしたそうで、多くの朝鮮人の方が亡くなられたという話を聞かされたそうだ。

ただ、それが強制的に働かされていたのかどうかということについては、私には判別が申し訳ないけども出来ない。

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象山の防空壕を出て、そばのお店の方に、ここには仮の皇居を造ろうとしていたらしいですが、何処にあったのですか?と尋ねたところ、そこから2キロほど離れた、今は気象庁の地震観測所として使っている舞鶴山にあるとのことで、ご丁寧に手書きの地図を渡して頂いたので、それに従って行ってみた。

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舞鶴山の方は一般には公開していないが、天皇陛下の御座所は外から窓越しに見ることが出来た。

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松代を出たのが4時過ぎになってしまったんで、当初の目的地である富山近郊で、その時間から入れるキャンプ場を調べてみたら、その名も「墓の木自然公園キャンプ場」というのがあったんで、7時半過ぎに到着。

静岡→神奈川→東京→埼玉→群馬→長野→新潟と来て、ようやく越後から越中の国である富山へ。

このキャンプ場、名前はアレですがw、かなり広々とした芝のフリーサイトで、ほぼオートキャンプ状態で、しかも無料でかなりいい感じ。

今は物凄い雨に降られていますがσ(^_^;)

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一の瀬高原キャンプ場

ネットを見ていて、気になるキャンプ場があった。

そこを紹介したサイトやブログには、どれも「ワイルド」、「野趣にあふれた」、「不便」、「好き嫌いが分かれる」などの表現がされていて、一体どんなとこなんだろ?と。

早く行ってみたかったけど、週末に台風が来てたり仕事が入ったりしてたんでようやく今週、勝沼から何年ぶりかに柳沢峠を越えて(道が良くなっててビックリした!)、更にそこから頼むから対向車が来ないでくれと願いながら細くて落石が結構転がってる林道を進み、奥多摩は一の瀬高原キャンプ場に到着。

管理人のご夫婦に2泊したい旨をお願いすると、2泊するんだったら「さわぐるみ」がいいんじゃないかと思うけど、とりあえず一回りして気に入った場所に張るのがいいのでは?と言われたので、とりあえず貰った手書きの地図を片手に場内を一回り。

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一番奥の「第1キャンプ場」というところが一番好みだったけど、明らかに荷物の搬入が面倒そうだったんで、結局「さわぐるみ」に。

管理人さんには、「さわぐるみ」への荷物の搬入搬出時には車を近くまで寄せてもいいよと言われたのだけど、そこからサイトのレベルまでは急坂を上り下りする必要があったのだった(^-^;

四往復してあらかたの荷物を運び入れ、流石にタープまで運ぶ気にはならなかった。

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車を駐車場に戻し、テントも張り終え、とりあえずビールを飲んでマッタリして、暗くなったからそろそろ晩飯でも作り始めるか~と思ってた矢先、無情にも激しい雨が。しかも、一向に止む気配ががない。

いつもだったら、炊事棟とかに避難してとかやるんだけど、近くにはない。

(タープさえあれば・・・)

と思うも、後の祭り。
今更、車まで取りに行って雨の中に設営する気力もなかった。

これが野趣ってやつか・・・

荷物で溢れたテントの前室にスペースを作って、ツナ缶をつまみにビールを飲んでたら眠くなってきたんで、そのまま就寝。

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目が覚めたら、翌朝の9時近くになっていた。

とりあえず火をおこして、珈琲を淹れる。

なんかそれっぽい感じになってきたと、自己満に浸ってみる(^^)

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後は、朝からビール飲んで、ハンモックでゴロゴロしながら本読んで、散歩して、水浴びして、腹が減ったら何か焼いて、焚き火しながらウィスキー飲んでと、そんな感じで。

人気(ひとけ)も全く感じなくて、正に俺の王国状態だったです!
(正確にいうと、300メートルくらい離れたとこに張ってた人がいたけど、見えない位置だった。)

会うあわないは確かに分かれるだろうけど、個人的にはかなり気に入った。
ファミリー層とか女性にはちょっとキツいかも。確かに荷物の搬入搬出はちょっと面倒だし、設備らしきものはほとんどないし、トイレはボットンだし(^^)
逆に、一人で来るなら最適か。

しかし、ここに来たら、一層、釣りを始めてみたくなった。来シーズンはやってみるかな・・・

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丸火自然公園キャンプ場

この季節にキャンプするなら、やや高地にある、直接日に当たらない森林サイトがやっぱ好き。
樹木があれば、ハンモックもやれて、余計に涼しさ倍増だし。
ハンモックでゴロゴロしながら本を読んでたら、あまりの快適さに、こんな感じで毎日過ごせたらと心底思ったよ(^^)

8月の土曜だというのに静寂なキャンプ場。
駐車場からサイトまで1〜2分歩かなければとか、区画サイトでサイトもそんなに広くないとか、炊事場が1つしかないとか、あらかじめ富士市役所(林政課 0545-51-0123)に予約(電話可)しとかないとなどはあるけど、個人的には500円なら問題なしかな。家から40〜50分で行けるし。

ランタン消して真っ暗にした時に首筋に何か大きなものが止まって、それがクワガタだったのは流石にビックリしたけど。

奥三河での休日。

春先ほどではないけれど、ストレスが溜まって来たのでキャンプへ。
仕事が忙しい訳じゃないけど、春から生活パターンが変わって、車通勤になったってのが大きいんだろなあ。
今までだったら帰りに飲んだり、仕事以外の人と話したりってのがあったけど、今は仕事場と家との往復で、抜く場所や方法がまだ見つかってない感じ。

で、キャンプは自分にとっては数少ない手持ちの抜く方法な訳で。

森の小国神社で一緒に行く連中と待ち合わせして、奥三河へ向かうも、県境くらいで結構雨が降って来たんで心配だったけど、鳳来寺湖畔のキャンプ場に着く頃には一旦止んでくれたんでよかった。其の後も降ったり止んだりだったけど、テントやタープを張り終えた後だったんで。

先週、モンベルの雨具を買ったばっかだったので、使ってみても良かったかなあ。残念…
(一緒に行った方々はバイクだったので、それなりに濡れたものと思われる(^o^))

キャンプ場は、放し飼いの鶏がお出迎え。
車を横付けできてオートキャンプ状態で300円ってのは悪くない。便所はボットンだったが( ̄Д ̄)ノ

夜にヘッドライトを付けたら虫が寄って来た。
ふとよく見ると、クワガタじゃん!

秋の終わりの花祭りでいつもお世話になっている東栄町はこの隣の町なので、この夜は東栄チキンを食す。

翌朝は、梅雨明けの青空が気持ち良かったので、湖畔を散歩。

国道151号を北上し、下條村の道の駅「そばの城」へ。
この村は、峰竜太の故郷。
ということで、売ってるのものは彼にちなんだものが多かった。微妙過ぎだとは正直思うw

ちなみに、「みどりやきもち」ってのも売ってたが、やっぱ奥さんからきてるんだろな…

昼飯に蕎麦を食ったら心が折れたので、数キロ戻ったとこにあった日帰り温泉に併設されたキャンプ場へ。

濡れたテントを芝生の上で干しながら、昼酒を飲んで酔っては寝て、また起きては飲んで、また寝てと繰り返して気が付くと夜になってたんで、風呂へ。
冷泉で、入った瞬間に掌までつるんっとなる良いお湯だった。

一人消え、二人消えと、帰る時には一人になってたんで、翌日は、せっかく奥三河にいるのだからと長篠の合戦の跡を訪ねてみた。
織田と武田の両軍合わせて五万超えるので、戦いは広範囲な訳で、織田の鉄砲隊が武田の騎馬隊を破ったことで知られる設楽原(写真の馬防柵の向こう側辺りでは、武田軍に1万の死者が出たらしい。)と、戦いの緒戦となった長篠城跡へ。

ここまで来る途中で何度も道を間違え、山の中の細い道を彷徨う羽目になったりしてたら、結局家に帰ったのは夜の八時近くになってしまった。
まあいいか。何した訳じゃないけど色々とスッキリしたし(^o^)

去年の夏ぐらいから、どれだけ長い時間寝ても寝た気がしなくて、疲れが溜まって、冬くらいにはしんどくて仕方がなかった。

それだけでなく、毎日とにかく眠くて仕方がなくて、通常の仕事時だけでなく、どんな重要な会議でも眠気に襲われて、意思に反して居眠りしてしまう始末に。

流石に、これはマズいと思って調べたら、睡眠時無呼吸症候群の症状に当てはまったんで、睡眠専門の病院に行った。

全身にコードを繋がれて泊まりの検査をしたところ、通常の人は全体の1~3割くらいの時間で熟睡してるのに、私の場合は恐ろしいことに僅か0.1%の時間しか熟睡できていないことが判明σ(^_^;)
(写真は、病院のお姉さんが、よく撮ってくださいって言われるんですよ~と、気軽に撮影してくれた(^^))

それでも、中のやや重めの症状らしい。
重症の人はどんだけなんだよ…

という訳で、歯医者に行きマウスピースを作成してもらって、それ以来、それをはめて寝てる。

眠気に襲われる頻度はかなり減ったんで、取りあえず良かった。
ダルいことはまだちょっとダルいのだけど…

去年の夏ぐらいから、どれだけ長い時間寝ても寝た気がしなくて、疲れが溜まって、冬くらいにはしんどくて仕方がなかった。

それだけでなく、毎日とにかく眠くて仕方がなくて、通常の仕事時だけでなく、どんな重要な会議でも眠気に襲われて、意思に反して居眠りしてしまう始末に。

流石に、これはマズいと思って調べたら、睡眠時無呼吸症候群の症状に当てはまったんで、睡眠専門の病院に行った。

全身にコードを繋がれて泊まりの検査をしたところ、通常の人は全体の1~3割くらいの時間で熟睡してるのに、私の場合は恐ろしいことに僅か0.1%の時間しか熟睡できていないことが判明σ(^_^;)
(写真は、病院のお姉さんが、よく撮ってくださいって言われるんですよ~と、気軽に撮影してくれた(^^))

それでも、中のやや重めの症状らしい。
重症の人はどんだけなんだよ…

という訳で、歯医者に行きマウスピースを作成してもらって、それ以来、それをはめて寝てる。

眠気に襲われる頻度はかなり減ったんで、取りあえず良かった。
ダルいことはまだちょっとダルいのだけど…

カンボジア10

最終日に半日時間が空いたので、シェムリアップから50キロ離れたベンメリア遺跡へ、トゥクトゥクに乗ること片道約1時間半。

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日本を出る前は、是非行ってみたい遺跡だったけど、「ラピュタ」の元になったという都市伝説があるみたいで、現地のガイドも、プノンペンの帰りにシェムリアップで拾ったトゥクトゥクのドライバーも、現地に行った日本人のブログも、どいつもこいつも、ラピュタ、ラピュタと五月蝿いから、そのころには、正直、うぜぇ!と思うようになっていた。

ただ、プレアヴィヒアと、その翌日のプノンペンのポルポトの負の遺産を見たところで、自分的にはカンボジアでやるべきことはやり尽くした感があったので、とりあえず暇つぶしに行ってみた。

てか、日本人はともかく、現地の人は、まずラピュタ見てないだろ、俺だってようやく去年見たばっかなのに…とは思ったがw

行ってみたら、観光客ルートは木製の遊歩道がキチンと整備されていたのだけど、そのルートを外れてみたくなるのが人生。

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ちょっとそのルートを外れてみたら、日本語で、あっちだ、こっちだと言ってくる現地の人がいる。
こういうところで日本語で話しかけてくるのは、大概インチキ野郎と相場が決まっている気がするのだけど、遊歩道を大人しく行くよりはそっちに行った方がどう見ても面白そうだったんで、あなたは私をガイドしてくれるのか?いくらか?と先に聞いたところ、納得できる料金だったので、彼にガイドをお願いすることに

これが正解だった。

こんな狭いところを出はいりしたり、

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こんな岩の上をずっと渡って行ったり、

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と、岩の瓦礫をよじ登り、石と石の狭い隙間をすり抜けと、気分は冒険アトラクション!
そんなルートは、よその国から来た人間には絶対に分からなかった。

ただ、この遺跡が破壊されているのは、ガイドさん曰く、ポルポトの所為だということだった…

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建物の上から生えている樹。

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ひと通り見学を終え、トゥクトゥクの場所まで戻ると、この日とその前日は違ったが、それまでの日、私をずっと乗せてくれてたトゥクトゥクのドライバーさんと偶然の再会

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ロクに英語すら出来ない私を、散々助けてくれた。

彼がいなかったら、ホント、この旅行を楽しむことは出来なかったと思う。
感謝の気持ちをなんとか伝えた。会えてよかった。

それにしても、自分の意思をうまく伝えることができなくて困ってる時、ホテルの皆や、トゥクトゥクのドライバーさんたちが集まってきてくれて、何回も助けてくれたことに対しては、感謝してもしきれない。

プレアヴィヒアに日本の皆さんと行って、日本人宿で楽しくやるってのも悪くないのかも…こういうのもありだなと思ったけど、個人的には、やっぱりせっかく異国に旅に出たのだから、言葉が通じない世界で適度に困って、非日常を味わうのが好きなようだ。
なかなかこの感覚を上手く表現できないし、他人には理解してもらうことは難しいのかもとは思うけども。


最後だと思って、飛行機の搭乗前に写真を撮った。
次はいつ来れるのだろう。

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…と、ここで終わっていれば、綺麗に終われたのに、写真撮影の際に搭乗券の半券を落としてしまい、乗ろうとしたら座席が分からず、ちょっとパニックに。
(チケットは、外に落ちていたのを、CAさんが拾ってくれていた。)

人生、なかなか綺麗には生きられないものである(^^)

【追記】
ベンメリア寺院を破壊したのはポルポトというガイドさんの話、現地で聞いた時は、眉唾だなあ…と思ってたけど、帰国してから読んだ本で寺院を破壊する話や、お坊さんに対してひどい仕打ちをする話がが何度か出てきたりしたので、今は、ポルポト派が破壊したのだろうと素直に思ってる。

そういえば、アンコール・ワット付近の林が、水場も近くてキャンプやるにはちょうどいい感じだなあと、行ったその時は思ってたけど、付近の林の中で虐殺があった話を、やはり帰国してから読んで。。。